八阿多市(やあたし)/八阿多(やあた)
交易の中継地として栄えた商人の町。江戸時代には施政者の手厚い保護によって商業都市として区画整備がなされ、全国に名を知られる様になる。面積は120.37ku、人口6万3千人。古い都市計画そのままに整理された町の東部とは対照的に、町北面の坂道には無計画に建て並べられた民家が迷宮を造り上げ、一種特有の風変わりな景色を形成している。市の南沿岸には豊富な水産資源を有する湾を有し、観光業に頼ることのない恵まれた財政状況であった為に古き良き町並みを保存していたが、しかしここ数年、記録的な赤潮の発生に伴い収益が激減し、観光誘致が盛んに行われる様になってきたとかいないとか。
伝統的建造物群保存地区(でんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)
八阿多市でも特に古き良き町並みを残した八阿多東一帯は、いまから二十年前に市から伝統的建造物群保存地区として定められ、行政の手によって整備、保存が奨められる運びとなった。漆喰の壁と建ち並ぶ町屋造りの木造家屋が印象的で、利便性を追求した碁盤目状の町並みと、町を三つに区分け(それぞれ左区、中区、右区)する様に流れる二本の水路は今なおその情緒を色濃く残している。伝統的建造物群保存地区の丁度中央に位置する東八阿多中区中央には八阿多学園が佇んでいるが、戦前までは稲継魂神社が建てられていた。甘味処『八千』は左区中央。観光客が多く往来する中区から外れている為、周囲には長閑な空気が漂っている。
八阿多学園(やあたがくえん)
八阿多市東中区中央に佇む県立学園。合格者平均偏差値65で県内では指折りの進学校として知られている。戦災により焼失し長いこと放置されていた稲継魂神社跡地に校舎が建設された。現在の新校舎は三年前新たに建てられたもの。生徒数約500名。県により伝統的建造物群保存地区として指定された八阿多東の中心に位置する為、地上三階建て、補強材として鉄筋コンクリートを用いた木造建築という特異な校舎となっている。外観は町並みに合わせて古めかしいが、建設されてまだ日も浅い事もあり設備はそれなりに充実している。生徒の自主性を重んじる校風を謳い、学校行事は生徒会がほぼ全てを取り仕切るも、放課後の課外活動を義務化するなど些かの齟齬が見られる。
甘味処『八千』(かんみどころ『やち』)
の実家。職人気質の父、優しげな笑顔の母、そして看板娘が元気に切り盛りする小規模店舗。地元に密着した甘味処としての位置付けはされているが、近年ではインターネットなどを介した口コミによって客層が広がり、繁忙期には観光客も多く来店する様になっている。甘みを抑えた風味豊かな餡が特徴的で、その餡を用いた季節のあんみつが店の最人気メニュー。余談だが、があんみつの調理を担当する事になったのは、もはや店の常連客となっている文子に褒められたことが切っ掛け。
七不思議(ななふしぎ)
八阿多学園で存在が囁かれている七つの不思議な噂話のことで、その多くは八阿多の言い伝えが基本となっている。しかし生徒たちの間で時代によってさまざまな解釈が付け加えられ、また新しいものが挿入され、数合わせとして除外され――と必ずしも当時の原形を留めている訳ではなく、世相によっての流行廃りが色濃く反映されている。実際、学校創設当初から七不思議に数えられた不思議話は二十にも及ぶ。
課外活動(かがいかつどう)
八阿多学園則によって定められた授業外活動のこと。主に部活動や委員会などがそれに当たる。授業外での時間的束縛に不満の声は聞かれるものの、一部、不熱心な部活動や委員会が存在し黙認されていることがある程度の緩衝材として働いている。の所属する七不思議委員会などはその典型例。
彼の国(かのくに)
別名『魔女の国』。「緑の草原が広がり、花が咲き、果物がなり、鳥が歌い、いつも夏で、死も老いもなく、争いもなく、歌声の溢れる国」と噂されているがその詳細は一切不明。エリン曰く「生憎、山と森ばかりの貧相で色味のない国」「閉鎖的で排他的な国」らしい。
魔女(まじょ)
不可思議な力を行使することのできる人物のこと。八阿多には古くからそうした人物が、箒に乗って空からやって来るとされている。
上流階級(じょうりゅうかいきゅう)
彼の国において上位に位置する社会的地位のこと。魔術行使における最も重要な要素のひとつである血統を基幹として成熟した社会ゆえ、生まれ持っての区別が連綿と続けられている。エリンの生まれたグィディル家は上流階級に位置するものの、その底辺にしか過ぎないらしい。
妖(あやかし)
ひとではない者達の総称。その昔ひとであった者も含まれる。八阿多では古くから存在するとされており、子供が恐れるものは「地震、雷、火事、」と相場が決まっている。
狐魅(こみ)
狐ののこと。月砂が幼い頃のを怯えさせる為、出来る限り自分を尊大に見せようと用いた言葉だが、逆に強い興味を生み出してしまう結果を生んだ。
キツネ寿司(きつねずし)
いわゆるところのいなり寿司。八阿多近辺では俵型にせず三角形に纏める事からその名が付いた。稲継魂神社の祀神、稲継魂大神は護国豊穣の神としてこの地方で古くから崇められており、年に二度の大祭では収穫物が供物として捧げられていた。その供物がいつしか調理されるようになり、稲継魂大神が狐の姿をした神であったことから、やがてキツネ寿司が捧げられる様になった。祭りの際には各家庭でもこの寿司を作る風習があり、八阿多でのお袋の味の代名詞と言われるまでになった。甘みと酸味が薄く、逆にダシ味が強い独特の味付けが特徴。の得意料理であり、月砂の好物でもある。
鷺ノ宮家(さぎのみやけ)
商業の町八阿多で大地主として名を馳せた由緒正しい家系。戦後からその影響力は衰えつつあるものの、八阿多において鷺ノ宮家の名を知らぬ者はない。八阿多学園ではそれとは少々異なる理由で鷺ノ宮の名は良く知られている。
井荻家(いおぎけ)
古くから鷺ノ宮家に仕える家系。戦前と比べてその関係は形骸化しつつあるが、しかし八阿多に於ける鷺ノ宮家の影響力は強く、また井荻家は受けた恩義を忘れることなく、今なお旧態依然としたその関係は続いている。
稲継魂神社(いなつぐたまじんじゃ)/神社(じんじゃ)
北部丘陵地帯に建立された神社。眼下に八阿多の町並みを見下ろすことが出来る。元来は八阿多東の中心地に建てられていたが、戦災によって焼失。戦後に北部へと移築された。祭神は稲継魂大神(いなつぐたまおおのかみ)と火火結命(ほほむすびのみこと)。豊饒の神稲継魂大神と鎮守の神火火結命は絶えず争いを続ける神として伝えられていたが、何時しかこの地方を守る二柱として同じ社で祭られる様になった。巫鳥巫女を務める神社でもある。
巫女(みこ)
神に仕え、神託をひとに告げる女性。近年ではメイドさんと並ぶコスプレ二大巨頭としても知られているとかいないとか。
厄(やく)
わざわいのこと。
養護教諭(ようごきょうゆ)/保健医(ほけんい)
いわゆる『保健の先生』『保健医』のこと。笑顔が絶えない優しくグラマラスな女性像を思い浮かべるが、往々にして理想と現実に苛まれることとなる。八阿多学園では少々特徴が過ぎる女性養護教諭が、保健室に文字通り常駐している。
ひきこもり(ひきこもり)
「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」。しかし某女性養護教諭は職場でひきこもっている。
携帯ゲーム機(けいたいげーむき)
文字通り携行することのできるコンピューターゲーム機で、本体に操作デバイスと映像出力デバイスが組み込まれている。なお校内への持ち込みは校則により禁止されており、持ち物検査での没収対象となっているが、保健室からは何故か特有の電子音が漏れ出ているとか。
看板娘(かんばんむすめ)
存在だけでお客を店内に惹き付けることの出来る魅力のある娘のこと。甘味処『八千』ではがその立場に据えられている。その昔、鮎乃の策謀によりまで矢絣模様の上衣と袴を着せられ、一日だけの看板娘となったことがあるらしい。
季節のあんみつ(きせつのあんみつ)
甘味処『八千』における人気メニューのひとつ。特製の黒蜜と餡を用いる一般的なあんみつに季節の水菓子を添えた風情ある一品で、当初はの母が調理を担当していた。現在では娘のにその座は譲られている。一年のうち春夏冬の三回、椀の内容が変更されるが、なぜ秋が無いのかはメニューを考案した母親しか知らない謎。春夏冬が子狐達の名の由来となっていることは言うまでもない。
水路(すいろ)
正式名称は水鶏口(くいなぐち)水路八阿多でただ水路と呼ぶと、旧八阿多(現在の八阿多伝統的建造物群保存地区)をきっちり三等分するこの二本の分水路を指す。東部を流れる菴原(いおはら)川から引かれ、古くは船輸の要として商業都市八阿多を支えた。陸輸主流の現在、輸送で用いられる事は無くなったが、水鶏口水路水路沿いの二本の大通りは、史跡の少ない八阿多に於いて重要な観光名所となっている。
大通り(おおどおり)/東通り(ひがしどおり)/西通り(にしどおり)
八阿多伝統的建造物群保存地区を三等分する二本の水路沿いに整備された、八阿多東基幹の大通り。車両も通行可能だが厳しい進入規制と速度規制が布かれている。大通り沿いには観光客を見込んだ店舗が数多く並び、この大通りを北から南まで歩けば八阿多の町並みは十分堪能出来るとされている。屋台なども出店されており、中には風変わりな商品が扱われているとか。八阿多学園に通う生徒も通学路として用いている者が多く、登校、帰宅時は白地の眩しい制服たちで賑わっている。なお、甘味処『八千』は西通りから一本路地に入った場所でひっそりと営業している。
坂道(さかみち)
稲継魂神社へと続く坂道八阿多の町から溢れた人々が整地もままならない山の麓へ無計画に家を建ち並べたことから自然派生した一帯で、整然と家屋が建ち並ぶ八阿多東とは少々趣の異なる、迷宮の様な景色を楽しむことが出来る。伝統的建造物群保存地区から外れている為に真新しい家屋や集合住宅が建てられ始め、近年になって景観破壊が問題になっている。
八阿多海岸(やあたかいがん)
八阿多市南に接する小さな海岸。猫の額と揶揄される小さな砂浜と岩場によって形成されており、訪れる観光客は少ない。静かな景観が変わらず残る稀有な場所で、八阿多東からはやや離れているが、鮎乃の朝練の場に、子狐達の散歩道にと地元の人間から愛されている。