「こっ、こら、お主っ! そこで何をしておるっ!」

 突然、背後から届いた声。
 驚いて振り返ったそこには、女の子がいた。
 怒った顔をして……そして、ふわふわと宙に浮いていた……。

 彼女の名は、 『結乃由姫命(むすびのゆえのひめのみこと)』。 この神社に祀られている女神なのだと言う。
 僕のこの眼が、彼女の姿を視せているのだ。

 縁結びの女神を祀った、この古めかしい神社に安置された御神体。
 それがどうして、こまの姿と瓜二つなのか───

「ここは縁結びの 『ゆかり神社』。 お主がそれを望む限り、如何ように不可思議な偶然も起こるのじゃよ」

 ───その瞬間だった。
 不意に起こった、在り得る筈のない出来事。

「お兄……ちゃん……」

 確かに耳に響いてくるのは、どれだけ時が経っても決して忘れる事のなかった声。
 ずっと待ち望んでいた声。

 思わず、僕の手元から滑り落ちたスケッチブック。
 紙の間に挟まっていただけの何枚かが、宙を泳いでは薄暗い床の上に舞い降りた。
 スケッチブックに描かれた──こまの群像たち。頬笑むこまたち。
 同じ微笑みを浮かべて、こまが言った。

「いっぱい、こまの事、描いてくれたね。微笑ってるこまを、描いてくれたね」
「でも、どうしてお兄ちゃんは……微笑ってくれないの……?」
「微笑って……お兄ちゃん」

───それが始まり。
僕がこの地にやって来て始まった、騒々しい日々の。
物悲しくも……優しい日々の。

「だから、こま…………帰ってきたよ」

 

───すべてはこの日に、始まったんだ。

 

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