ご機嫌よう、嵩夜あやです。
ここ最近、ちょっとだけ歴史熱が上昇して司馬さんとか北方さんとか買ってるんですが、その流れで映画「二百三高地」を見直しました。戦争映画ですが、人がバタバタ死んでいくその有り様に、子供の頃におっかなくてぼろぼろ泣いた記憶があります。映画中では「無敵のバルチック艦隊」が襲来するまでに、なんとか拠点攻略を行おうと日本軍が多大の犠牲を出すわけですが、最近のデータから、「実はバルチック艦隊はすごく弱かった」という事実も浮かび上がってきているそうです。歴史のifってものですね。当事者でなければわからないことは多いし、新たな事実ひとつでそれまでの推理はひっくり返ってしまうという歴史の定石ってやつですね。
何処かで聞いた話ですが、これ今はテレビで放送出来ないらしいですね。表現上の問題なのかなんなのかはわかりませんが…「戦争とは一体何であって、どう発生し、それによって何が起こるのか」ということを考えるのにとても適した題材なのになあ、と思って、最近の世の中のシステムの不思議さを感じました。
戦争=悪いこと。悪いことだからそもそも知る必要がない、ただ理由もなく全面的に反対すればいい。最近のひとの考え方って思考停止っていうか、決定事項を人に言われてそのまま完結してしまうひとが多いらしいですね。そんな人が親になるなんて考えると、子供はちょっと危険かもなあ、なんてぼんやりと思ってしまいました。例え結論の出ていることでも、決めつける前に一度は良く考えてみる必要があるんじゃないかなあって、そんなことを考えたりします。例えば「戦争は悪いってみんな理解していますが、では何故無くならないんでしょうか」みたいなことをですね、考えてみるのは悪い事じゃ無いと思うのですが。
え、なんでこんなことを書くかって…そりゃもう書くことがないからに決まってるじゃないですか!
物事には色々な側面があって、総てを自分視点で見ることは出来ません。こちら側から見ていることが、向こうからは正しいとは言いきれない。人間ひとりでは、世界を360度から眺めて正しい真実を見つけることなんて出来ない…そこに物語や、歴史といったものの面白さや、難しさがあるんじゃないかなあ…と、少しだけ恰好付けて語りつつ、お茶を濁して逃走する私なのでした。完(ぉぃ)